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松田 洋一

"匠"取材班が、初めて松田さんに会った、ある夏の日。丁寧にお辞儀して迎えてくれた彼の顔は、こんがりと、ほどよく日焼けしていた。
――いい色に焼けてますね。この夏の、釣りかゴルフですか?

「(笑)いえいえ、ゴルフなんてとんでもない。溶接の時、遮光のお面を左手で持ちながら溶接するんですが、その細かい部分をチェックする時は直に見たいので、フェイスガードをぱっと外しちゃうんですよね。その時に残っている火と熱で・・・(笑)」

つまり彼の顔は、日焼けではなく、“火焼け”だった。作業を慌てているわけではない。素材や形状などによって溶接箇所の状態や母体のひずみ具合などは千差万別だけに、その進行具合と仕上がりが、とにかく気になる。自分の顔のことなど、かまってはいられない。

「この仕事は、強度VS歪みの戦いなんですね。全てのものが曲がりますから。ステンレスの溶接などは鉄の3倍くらい難しいんですよ。曲がりやすくてねぇ。母体が縮みますから。50年近くやってきた今でも、あぶり方によってはね・・・ヒヤヒヤしますよ」

中学を卒業してすぐ、東京オリンピックの年に15歳で入社して以来、48年間。手がけてきた機器は、小型のものを含めなくても600以上。大有ひと筋に職人としての腕を上げ、今や社内で最も頼りにされる“棟梁的存在”であるにもかかわらず、偉ぶることもなく、自慢話が始まるわけでもない。彼の語りは丁寧で慎重で、“謙虚な言葉”がそこかしこに散りばめられていた。

彼から見れば若造に映る取材班に対してもすべて敬語で話し通し、「暑い日にご苦労様です」とねぎらいの言葉をかける。社内の若手技術者に話が及ぶと、「今の若い方々は、覚えるのが早くてね。飲み込みも習得も早いですよ。」と、想定外のトーク。松田さんの口からは“今の若者論”は出てこない。あらゆる人に対して貫く、謙虚な姿勢。

そして、これほどの熟達者にして、たとえ基本的な作業でも、決してナメない、侮らない。手がける製品は、買い手の顔が分かっている注文ベースのオーダーメイド。誰が買うかわからない汎用品の大量製造ではなく、言ってみれば、一対一の差しの勝負のようなもの。それだけに気は抜けない。
「溶接後のスパッタ(つぶつぶ)だって、きちんと、きれいに仕上げて差し上げたいでしょ。先方さんの最終チェックが終わって納品されるまでは、なかなか安堵できませんねぇ。」

しかし、優しい表情でにこやかに話す彼の分厚いレンズの奥には、自信を秘めた、ひとつの決意が感じられた。自分たちは、いわば駅伝の最終ランナーであると。

営業部隊がクライアント・ユーザーと何度となく打ち合わせ、設計部門がその要望を緻密な図面とともに形を考案する。そして最後に、現場がそれを3Dへ具現化していく。「ゆがんだ、間違えた、できなかった」では許されない、最後の砦。受け継ぐたびに、意味と価値が重くなるタスキを、最後にゴールへ届ける、その緊張感と使命感。そしてアンカーであることのプライド・・・。

小柄な体つきながら、全長6m重量2トン半もある大型撹拌機を、ほぼ一人で作り上げてしまう技とパワーの持ち主であるが、彼の謙虚さは、そんな使命感と責任感の裏返しでもある。

彼の撮影は、冬にまで及んだ。最後の撮影が終わった時、「寒い中、ご苦労様でした」と、作業帽をとって深々とお辞儀をする彼の姿が、そこにあった。

撮影・執筆/“大有の匠たち”取材班

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